銀座銀座銀座

23歳の時は「まだまだ余裕!ギリギリ若い!もう若くないからなんて言ってくる女なんてただの嫉妬、おばさん〜〜」とか思ってたのに24歳になると途端に黙り初めて、25歳になるととうとう全てを認めて「ハイドロキノンって本当にシミに効くのかな」とか心の中で呟きながら至近距離で目元頬の薄くて小さいでも確実に色が濃くなってるシミとにらめっこするのだ。結婚なんかよりもより現実的でかつヒトが歩み行く宿命!!それこそが「老化」である。「渋谷も新宿もいやだ(池袋は頭の中に存在しない)、月に一度は山と海に囲まれないと息苦しくて汚い空気で窒息死する!!!」とか悲鳴をあげそうになる頃になるとものすごいスピードで実家に帰る。東京駅から、2時間ちかくかかるJR東海道線熱海行き・グリーン車に優雅に乗って、早川とか根府川付近の駅になると海しか見えない窓の風景にいつもうっとりするのだ。海の景色が終わるとあとは退屈。あんなにぎゅうぎゅうだったグリーン車も小田原を過ぎるとほとんど人もいなくなって、2席堂々使って席の上であぐらかいたり体育座りしながら気分転換を味わう。それで実家の犬と暴れたりなんかして……ああ、家事もちゃんとして健康とか気遣うようになってなんでこんなに真人間なことをやってるんだろう、しかも若さがそこに無いっていう。暇だからティンダーでかっこよくて髪が短く無い男に徹底的に絞って会うと、やっぱり面白い人が割といて、たとえば「喫茶ソワレは人多いけど色がカラフルなだけで味はたいしたことない」とか言う京都の人(会社の勉強会で東京にたまたま来てた)や「今ここ(足元)にゴキブリがいる」などと喫茶店で待ち合わせた途端そんなことを言ってくる男や(そのあと私はテンパり「今、ほんとに!?って4回言ったよ」と若干いじりをされる)。しかしこんな遊びもあと何年できるんだろう。歳を取ったら私ごときの見た目では会ってくれる男も減るだろう。そしたらどういうことして退屈を潰してるんだろう。考えても無駄なことを考えてしまうから退屈なのかもしれないけど。しんどいし本当精神荒むけど、終電逃して全然知らない誰かが助けてくれると信じて汗ダラダラになるのも悪くなかった。しかしもう一度あれをやりたいかというと、私はもうやりたくないというより、ファミレスで朝を迎えるのが苦痛ではないということを知ってしまったので、怖いもの知らずになったのだ。まあ、だからと言ってするわけでもないんだけど。しかし実家に帰ると自分の母親見てこんな下品なおばさんになりたくないな、とか毎回思う。夜の銀座を歩いてる女に憧れもしない時点で私の品なんて、あって無いようなものなのですが。だってめんどくさいじゃん。ジェルネイルとかマツエクとか毎月美容院でトリートメントしてもらってカバンの中にはでかいポーチが入ってて、その中にはアホみたいにお直し用の化粧品が入ってる女とか。外反母趾を我慢してまでハイヒールでカツカツ音鳴らして歩くとか。記念日はいつもフレンチレストランで祝って、しかも店員に写真撮らせたりして。最悪だ。絶対スニーカーが良い。フレンチとか味わかんないし、旅館ですき焼きとか食べたい。口紅だけ持ってれば外も怖くないしジェルネイルなんて伸びた爪の付け根で台無し。私はそういう女になったのだ。夜の銀座なんかより、夜の代々木公園の方が、露出狂の男がいたりするし絶対面白いじゃん。


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