悩み、そのいちそのに。

私の悩み、そのいち。

どう頑張ってもおしゃれになれないこと。選ぶ服がせっかく可愛いのに、おしゃれに着こなせないために結果ダサくなってしまうのだ。知ってる人しか知らないよーなブランドを調べてみたり、ネットサーフィンしながらセンスのいいアクセサリーや家具を眺めてセンス力を育てるのですが、大体が高値なので手が出せません。そしていざ手に入れようとすると、やはりどうもしっくりこない。何かが違う。いざ自分のもとに運ばれてくると、ダサく見えてしまうのです。はてなぜか?バレンタインデーの日なんか、私は百貨店で売ってる可愛いチョコを自信満々に買ったのですが(それが最初で最後だったことでしょう)、センスがある人は「ソ、そんなもの一体どこで入手を!?そんなものはチョコ売り場にはなかった!!」と思わず口に出てしまうくらいに、センスのいい見たこともないチョコを入手してるのです。何かがおかしい。私の生きる世界と、彼ら彼女らが生きる世界との間で何か歪みが生じているに違いない。とにかく、ツイッターinstagramを見ているとそう思い知らされることが日々あります。みんな、何かおしゃれなウェブメディアで情報を得ているのか…?あるいは雑誌?私は雑誌を買わないからな…きっとセンスのいい人はシーイズにすでにメールマガジンの購買登録もしてるんだろう。(有料ではないよな)

しかし。しかしなぜ私はオシャレになりたいのだろう?センスが良くなりたいのだろう?それは、憧れを持っているのは当然のこと。でもそれだけじゃない。下心もある。多少は、いや割りとある。割りとある。おしゃれでセンスのある人たちもそうなのだろうか?憧れていたのだろうか?下心があっての今なのだろうか?だとしたら私に足りないのは憧れ度と下心なのだろう。それほど私はおしゃれにもセンスのある人にもなりたいとは思っていないのかもしれない。それは、自分でも、そう、なんとなく感じている。「ぶっちゃけどうでもいい」と。しかしそのあとにもう一言だけ続くのだ。「でもセンスあるって思われたい」

 

ふたつめ。

間違いを認めたがらないところ。間違いというか…自分が述べたことに対して、全く別の意見を(しかも割りと説得力ある)返されたとき。まあ反論に近いものなのですが、「今私浅いことを知識不足なことを言ってしまった!」と顔が真っ赤になるのです。なんかむかつく。言い返してやりたい。お約束の「いや、それはそうなんだけどー」が始まる。私はこの自分の間違いを認められない変なところいじっぱりというか、うーん…わからずやなところが自分でも苦手意識を持っておるのです。今日もまさにそれがあって、内心アチャーと顔が真っ赤になりかけましたのです。自分のだめなところを認めたくないというのも同じようにありますね。私は自分のだめなところ間違ってるところをすべて知り尽くしたい。知らないことがとても怖い。だから、いざ人といるときに自分のだめなところや間違ったところが出ると、大慌てでそれを隠すのです。この短所に気付いてる人もきっといるんだろうな、と思うと、ますます私は顔を上げることすらできんくなるわけなのですが。だめよね、こんな人。予め自分のだめなところを宣言してしまうなんてだめよ。でもここ(ブログ)は私の、私だけの楽園だから。書いちゃうもんねぇ。自分でもまだ気づかない、自分のだめなところを、全て受け入れて許せるようになりたいなと思いました。


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