何考えてるかわかんない人、よくわかってしまう人、

何を考えてるのかわからない人、何を考えてるのかよくわかってしまう人。大体の人は基本的にこのどちらかに振り分けられるもので、私の場合、わかってしまう人がとても苦手です。

わからないというのは当たり前なことで、私とあなたが話をしているとする。私はあなたの顔を見て話す。あなたのことを考えて話す。あなたが興味のある話を話す。あなたが共感してくれる話を話す。あなたも私の顔を見て話す。私のことを考えて話す。私の興味のある話を話す。私が共感できることを話す。相手は自分を写す鏡という言葉はよく考えられたものです。何を考えているのかわからないように見える相手は、実は私のことを考えているのです。なんて素敵なことでしょうか。

では「わかってしまう人」とは、なぜわかってしまうのでしょう。私と向き合って話をしているのに、私と話をしない人、私の顔を見ない人、私の声に耳を傾けようとしない人。目の前に私がいるのに独り言をつぶやいてる人。これが「わかってしまう人」の正体ではないのかと私は思うのですがどうでしょうか。こういう人から伝わってくる「わかってしまったもの」は、たいてい自惚れかコンプレックスかのどれかです。あ〜息苦しい。欲しい言葉を私は言う事しかできんくなるわけです。二度や三度言葉を交わした程度で何考えてるかわかってしまう人は、大抵、自己愛が強すぎて自分の話ばかりする人たちです。

お互いのことを知り合うのは少しずつでよいです。年単位でもいいくらいです。人のことをやたらと知りたがる人も、知らせたがる人も、暑苦しいもんです。

そんなことを学んだ夏でした。まだまだ暑い。


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