つまらない男

「幸せになりたアい」
女の子が眉毛をハの字にしてそう言った。彼女はベッドで半裸になって寝そべっている。

「どうしたら幸せになれると思うの?」
僕は聞いてみた。幸せっていうのは、それを得るための手段なんてものは存在しなくて、今この状況をどう受け止めることができるか(幸か、あるいは不幸か、)であって、幸せって”なりたい”からなれるものじゃあないんだと思うんだけど、君はどう思うんだろーか。

「そうだなぁ」伏し目がちに彼女が答える。
「退屈なのよ。つまんないのよ。毎日が毎日が。でもだからって刺激が欲しいとはちっとも思わない。ハクバのおーじ様が来て欲しいとも思ってない。例えばさ、友達にクラブに無理やり連れて来させられて、あたしはクラブなんて大嫌いなの、みんなバカみたいに大きな音に酔って下品な服着て踊り狂って、小さな箱にいなきゃ大胆になれないなんて路上でゲロ吐いてるサラリーマンよりつまんないなぁって。」

「あたしは隅っこでしゃがんでコーラを飲んでんの。ボケーっと知性を失った人間たちを眺めて。するとそんな退屈そうにしているあたしに1人の男の子が声をかけてくるのよ、それおいしい?って。途端に世界が変わるのよ。あたしと彼だけの世界が生まれんの。向こうはマンモスを捕まえてみんなで喜んで火を焚いて嬉しそうにお肉を食うために群がってる原始人たちだけど、あたしたちは木陰の下の草むらに座り込んでるの。きれーよ。でもここには木も生えてないし草むらもない。うるさい音と狭い壁と天井とギラギラとした光。そうすると、外が恋しくなるじゃない?だから、あたしが息苦しそうにしてると、彼が『新鮮な空気を吸いに行こうよ』ってあたしの腕を引っ張ってエレベーターまでまっすぐ連れて行くの。」

「うん」僕は話を聞き続けた。

「退屈から抜け出したいのよ。つまりは。でも待ってるだけじゃダメなのよね。わかってるの。わかりたくないけどね。」

「退屈は不幸なこと?」

「不幸よ。退屈な時間が多ければ多いほど、例えばお母さんがいつ死んじゃうのかとか、死んだらあたしはどうなっちゃうのかとか、今月の生活費は大丈夫かしらとか、どうしていつも同じタイミングで必需品を買い足さなくちゃいけないのかとか、大事なペットの老後の心配とか、余計なことばかり考えるのよ。それであたし、ドラッグとアルコールをするしかなくなるんだわ。」

確かに彼女のベッドの横にあるサイドテーブルには、ウォッカとお水と、瓶の中に数種類の薬が大量に詰められている。

「…あなたはいつも黙ってそこにいるだけなのね」

「僕は君を愛しているし、いつも花も送っているし、欲しいものも買い与えている。」
それでも君は退屈で仕方ないのか?という言葉を僕は飲み込んだ。




「………あなたってつまんない人だわ。」

男の左手薬指にはめられた指輪のダイヤが綺麗に輝いていた。男の熱いまなざしよりも。

つまらない男に恋をして (角川文庫)

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