ハロー

もしかしてずっとこんな、実家で老後のような人生を送り続けるのかな?と考えることがよく、あります。考えるといつも何故か涙が出てしまうのは、まだまだ私にも人生に希望があると信じているからなのですが。と同時に、現実を受け入れ認めるべきなのかもしれない(身の程を知らなければならない)のだと、自分で自分を納得せざるを得ないことにもまた気づいているからでもあるのです。

世の中は結婚しても共働きで、自分のことは自分で世話をしましょうというスタイルがスタンダードになりつつありますね。自立という言葉を私たちは二十歳を超えると押し付けられます。自立すること。それはすなわち自分の人生に自分で責任を持つということなのだと思います。しかしそのことが自分でお金を働いて稼ぎ、家賃光熱費食費その他諸々生活にかかるお金を誰の助けも借りず自分でやりくりすることが、自立の基本、さらには基礎の「き」とされているのが周知の事実。これが普通になった今、自分で稼いでそのお金で暮らすということができない私みたいな低所得者(社会的ハンデも有)は、世間一般的には自立した大人とは認めてもらえず(そりゃそーなんだが)、この社会におけるお荷物的存在とみなされてしまいます。であるからこそ、恋愛は常に一歩引いて諦めの姿勢で。結婚は専業主婦、よくてパートで働くことしか私にはできないので今の時代には全くそぐわないのです。このことは私も自覚している。時代に適応することができない私は「社会不適合者」という病名もつけられることでしょう。お金を稼げないこと、一般的な意味での自立ができないことで私は重いコンプレックスを抱え、適応障害にも似た症状が加齢とともにでるようになりました(やったね!)。生活の不安を感じると理性が働かなくなり風俗にかけこんだり、はたまた薬を大量に飲んでしばらく起きなくなったり。最近は広場恐怖症にもなってきまして密室の人が多くいるところにいると息苦しくて吐きそうになってしまうのです。さらには男絡みで不安を感じると頭がおかしくなりそうになるので、それをおさえるために腕を殴るなども、する(切るよりはマシでしょ?)。

生きている意味。とは一体何なのか。ずっとわからない。どんどんわからなくなってきている。仮に生活保護を受けるとしてー、保護をもらってまで一人で生きる意味。きっと植物状態よりつらいよね。

本当にここから抜け出せるんだろうか。なんでこんなにずっとつらいんだろうか。死にたいとは思わないけど自分が生き続けなきゃいけない必要性は、何も無いと思う。


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