人間であることを忘れた人間

結局コミュニケーション無しで社会で人間生活を幸せに営むのは不可能か〜〜〜〜〜ということを思い知らされて絶望した夜。別にコミュニケーションは嫌いじゃないし楽しいと思うけど私が馴染めるコミュニティってどこにもないのよね。学校も会社もインターネットも。インターネットは違くない?とお思いの方もいらっしゃるでしょうが、私がインターネットのどの界隈とつるんでるか把握してる人なんて私の友達ですらいないと思いますねぇ。なぜなら界隈というものに所属していないからなのですが。コミュ障名乗ってるやつらがコミュ障同士で馴れ合えるだけでも私は「ええなあ」と羨ましく思う限りなのであります。

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私は自分のことを多分あんまり人間だと思っていない気がする。なんか似たようなことを以前どこかで聞いたか目にした覚えがある。どこの誰だったろう?思い出せませんなぁ。
月末は非常に身も心も軽い。なぜなら仕事が終わってるから。一番憂鬱なのは月の始まりだね。まぁ憂鬱というか、スケジュールどうこなそうかということを考えるのが面倒。でも暇よりは数億倍マシだと思う。

東京は街も大きいし、人は多いし、いろんなお店や物で溢れているし、娯楽が選べるし、欲が出てしまいそうになって大変よくない。欲が出ても良いことなし。対価払えない。金とかそういう意味ではない。

ベニスに死すという映画があるんですが、初めて観たのは確か高校3年生?2年生?すごくつまらなかった。それが印象的。美少年目的に借りた映画だった。でも20歳くらいになった時にまた観たら、ちょっと良さがわかった。50パーセントくらい?
でもなんとなく今日人生について考えていたら、(あっ私の最も理想的な人生の終え方はベニスに死すだ)ということに気付いてしまった。
この世の美を目の当たりにして自分の死に場所を選んだバッハ。芸術家が美と引き換えに命を経つ(自殺じゃない)。こんな素晴らしい物語、大きな戦争でも起きなきゃ流行らないですね。
そんな風に私も死んでみたい。
やっぱりポイントは海ですよ。浜辺でバッハは美しい少年を眺めながら死ぬんだけど、どうして海なんですかね。
ショーシャンクの空に」のラストで綺麗な海が出てきたときあたくしはびっくりしてしまったんですわ〜。あれも海だった。
ラストシーンに海が出てくる作品すごく好きかも。色々探してみます。


最後に「雪女」のとても良い部分を引用して終えます。おやすみ。

仕事から眼を上げないで、お雪は答えた、――
『その人の話をしてちょうだい。……どこでおあいになったの』
 そこで巳之吉は渡し守の小屋で過ごした恐ろしい夜の事を彼女に話した、――そして、にこにこしてささやきながら、自分の上に屈んだ白い女の事、――それから、茂作老人の物も云わずに死んだ事。そして彼は云った、――
『眠っている時にでも起きている時にでも、お前のように綺麗な人を見たのはその時だけだ。もちろんそれは人間じゃなかった。そしてわしはその女が恐ろしかった、――大変恐ろしかった、――がその女は大変白かった。……実際わしが見たのは夢であったかそれとも雪女であったか、分らないでいる』……
小泉八雲 田部隆次訳 雪女 YUKI-ONNA


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