貧乏が嫌い

こないだタブレットパソコンを買った。小さくて軽くてかっこいいやつ。プライムセールで4.3万円だった。1万近く安くなってたから買った。それまでずっと、ほしいなほしいな東京行くときにMacBook Pro持ってくたびに重くてつらいなと悩んでいたから。パソコン持ってかなければいいのかなと思ったけどそれはそれでやっぱり不便だなと思って。買った。出かける用事がないからまだ使ってない。

最近、服もそうだけど、買ったあとものすごく不安になる。欲しかった気持ちが限界に達して買ったはずなのに、注文が完了するとこわくなる。荷物、このまま届かないといいな。在庫が欠品中なのでキャンセル手続きさせていただきました、ってメール来ないかな。なんて思う。服に限っては一体何度返品しただろう。数え切れない。パソコンはもう返品できないから。ちゃんと外でフル活用するって決めてたけど、あれ、なんか外に出る用事、無いな。東京だって今月まだ行ってない。次行くのいつだろ、月末…大分先だ。重いの我慢すれば済む話だったんじゃないかな?って後悔しかけたり、しなかったり。

なんか、あらゆる選択を迫られる人生において私はすべてそんなふうな得体の知れない不安と隣り合わせで生きている気がする。自身が持てない。いつも頭が朦朧としている。大丈夫だよと言ってほしい。どうして無駄遣いするの?って言わないでほしい。無意味な金の使い方をしたくない、ずっとそう思ってる。お金がない方が無意味な金遣いをしてしまう。なぜだろう。

24歳で実家ぐらし、家にお金を入れられるほどの収入がないことに負い目を感じている。だから少しでも食費の援助をすると控えめに態度を大きく取りがち。母も私みたいに服を買ったはずなのに「服が無い」と言う。その服買ったの私だよ。私が代わりに払って注文したやつだよ。忘れたの?少し散らかってる部屋を見ると「ゴミ屋敷」と言う。ゴミは落ちてない。落ちてるのは本と少しのペン。あと私のパソコンがリビングのちゃぶ台の上を大幅に占領している。でもゴミ屋敷。私が服を買うといつもチェックしてくる。何を買ってもチェックしてくる。値段の問題じゃないらしい。何が問題なんだろう。自分のお金で買ってることの何が。母は買いたくても買えないものがたくさんある。少ない収入でやりくりしてるのに自分の子どもたちがろくに自立してくれないから。別れた夫はなぜか家に寄生してる。でも家賃は払ってくれてる。

母は私が一度も誕生日プレゼントをあげたことがないと思っている。二十歳を超えてから私は毎年きちんと贈るようにしてるんだけど昔のことしか覚えてないらしい。「誰も私を祝ってくれない」毎年言っている。

お金が稼げなくてすいませんと思う。生きててすいません。私がもっと知能に障害もある寝たきりの人だったら、障害年金が全部家のお金にできるのにね。私が中途半端に普通なせいで、自分のお金にしてしまってる。いつか貯金がたまったら小田急線沿いに家を借りる。本当に生活が追い詰められればバイトくらいできますからね。貯金額をもっと増やそう。貧乏は人を不幸にさせるね。

私が昔、ビョーキみたいに家を離れたがって東京にしがみついてた理由を思い出した。ここにいると私が邪魔に感じるからだ。泣いた。

 

親とか病気とか、そういうもののせいにして生きたくない。だったらやっぱり働かなきゃ。


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