父さん聞いてくれ!セックスはコミュニケーションではなかった!

インターネットで出会う場合、あらかじめ相手の趣味・嗜好、主義、思想、知ろうと思えば名前から学歴、職業まで知ることができてしまう。なんなら顔だって。
そんな時代の中で、ある日初めて会った人と連絡先を交換して、しばらく経ってから会って、そこから月2のペースで会い、0から関係を構築しつつお互いのことを知ってゆくこのコミュニケーションスタイルは、私にとっては大変貴重な体験であった。

恋愛とは特別な男女のコミュニケーションである。ということに気付いたのはごく最近のこと。
それまで私にとって恋愛は、イコールセックスであり、むしろそれ以外に一体なにがあるというのかというくらい、それしかありえなかった。
そういった偏った考えに傾いてしまったのはおそらく、初期の恋愛経験によるものと考えて間違いないでしょう。
会話なんてろくにしたこともなかった。相手が私を知ろうとすらしないので、私も相手のことを知ろうとしなかった。そういうものだと思っていた。
しかし本当に性欲しかなかったのか?と言うとそういうわけでもなく。
あったのは「不安」だった。常につきまとう不安。
「本当にこれは付き合っていると言えるのだろうか」という不安。それを一瞬でもかき消したのがセックスだったのだろう。
セックスとは愛し合う男女が行う儀式みたいなものである。と、そう信じて疑わなかった。
セックスしているうちは振られないし、付き合っていることにもなるだろう。相手は私のことがちゃんと好きなんだろう。そう思い込んでいた。
しかし歳を重ねるごとに、セックスがそんなに貴重なものではないことに気付く。男は意外と誰でも抱けるし、女も意外と誰とでも寝れる。
そして「セックスはコミュニケーションではない」という真実を聞かされた頃には、私はすでに完璧に歪みきっていた。もうグワングワングワングワン。
たとえその真実を知ることができても、己の価値観・体に染み付いた「不安になりたくない」という欲求をかき消すのに、また随分と時間が経ってしまったのである。
なぜなら「セックスはコミュニケーションではない」ということを知っておきながらも、「恋愛はコミュニケーションである」という発想にはすぐに至らなかったからである。
言葉では理解できても、その本質までは読み解くことができなかったのだ。無理もない、20歳なんてそんなものだ。

3ヶ月は体を許すな!1ヶ月は我慢!なんですかそれは?
ああ、お互いを知り合う期間は1週間やそこらでは全然足らないってことね。全然気がつかなかったなぁ。
会う回数、言葉を交わす回数が増えるたび、新しい発見がある。面白い。コミュニケーションって面白いなぁ。もっと早くに気づきたかった。
去年は最悪だったけど今年はわりかしハッピー。これがずっと続いてくれると、いいんだけどねぇ……。


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