退化のススメ

働きたいけど車がない。働きたいけど希望の職種がない。なんて贅沢な悩みなんだと自分でも思う。かといって東京に引っ越して東京でまた働いて一人暮らしをしたら、きっとまた身も心もボロボロになって死にたがり病が再発してしまう。今の暮らしが一番負荷がかからなくて楽だ。でも親が明日死んだらわたしは生きる意味と手段を失うだろう。世界は別に平和じゃない。平和だった歴史は存在しない。昨日ロープウェイに乗ったらパニックになりかけた。どうして他の人達と同じように外の景色に私は感動する余裕が無いんだろうと不思議で仕方がなかった。生まれたことが最大の罪。生きているだけで重罪。私を救ってくれるのはお金でもなければ男でもない。生きるとは何か?道をたどることなのか?あるいは道を作ることなのか?生きていることがよっぽど楽しい人達がインターネットをしていると観測できる。どうすればそんな笑顔が作れるのだろう。どう生きてきたらそんな価値観を抱くのだろう。私は時々海や山が景色として見えるところに立っている時、はるか昔、100年、500年、1000年前の風景を心の中で想像する。きっとこの続く地面とあそこにある山あるいは海は、どんなに時がたっても大きな噴火や地震による地形の変化が起きないかぎり変わらないんだろうと。それに特に意味はない。そのことと私が生きることに関心がないこととは関係は無い。「生きることに関心がない」とは言うものの、食べ物は美味しくなくちゃ納得できない。座り心地の悪い椅子になんか座りたくない。密室に閉じこもりたくない。私だって外の空気を吸いたくなるのだ。誰かの声が聞きたくなるときもあれば、手を握ってほしいと思うときもある。今朝見た夢の話だってしたくなる。知らないことを知りたいと思う気持ち、欲求もある。そんなに人は立派に生きなければならないのか?人が、人のしてきたことを笑うのは今に始まったことじゃないか。みんな退化してしまえばいいのに。


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