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私はカメでありたい

思ったこと

注目を浴びることの気持ち良さはアルコールやドラッグでも得られぬ快感だろうと思う。
人々が自分に関心を寄せている、視線が一気に集中する、そして質のいいコンテンツを届けることができた時、人々の笑顔が弾ける。お笑い芸人がネタを成功させて拍手と笑い声に包まれた時に、「やっぱりこの仕事はやめられないねぇ」と言っていたのを思い出した。インターネットで記事を書くことも、それと似た快感と達成感があるのだろう。
近頃では「何を書いたか」ではなく、「誰が書いたか」が大いに評価される。とはいえ、それは大昔から変わっていないように思う。その「誰」がどういう学歴を持ち合わせていて、どういう肩書きを持っているかで、より言葉に説得力を感じさせてくるわけだから、「あなたは何者ですか」と聞かれた時に「私は東大卒です」「私は現役弁護士です」と言うと一気に評価値が上がるよね。
それにひきかえ、私はそういう人様の前で言えるような武器が何もないから、地道に「何を書いているか」で評価してもらうしかないんだけど、それは本当に地道で、ウサギとカメ状態である。私はカメだけど、でも最後に勝つのがカメだとも限らない。
注目の的になることも良いことばかりではないということが、インターネットをやっているとそう感じることが増えた。
攻撃の対象にもなりかねない。嫉妬の対象にもなりかねない。反感も買うだろう。他人との距離が今や無くなってしまっている現代で、自分を守る術は、外部とのコンタクトを一切とらないこと・余計なものを見ないことの2つだろう。
嫌なコメントをされても無視。知らない人から距離感の近いメールが来ても無視。エゴサーチもしない。2チャンネルも見ない。そうすることで自分の身を守っている。しかしどうだろうか、私は他人を全く信用できない。みんな「アンチの卵」とみなしている。何か一つ不祥事や問題発言をすれば手のひらを返される。守ってくれる他者など存在しない。自分だけが自分の強い見方である。注目の的になると言うことは炎上のリスクを背負うと言うことだろう。
しかし逆を言えば、炎上することが有名人にとってのある種のステータスでもあるかもしれない。ネットニュースに取り上げられることで一人前、みたいな。
そんな世の中生きづらいな。やっぱり地道にカメであり続けたい。


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