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希望を持つことの残酷さ。

自分がずっと追い求めてきた幸せがこれまで
掴めたと思ったら何度も潰されてきた。次第に自分が握りつぶしていた錯覚に襲われるようになって、掴むのを避けるようになっていった。無我夢中になってカエルを捕まえに追っかけて、やっと捕まえたと思ったら力を入れすぎてカエルを殺してしまった時のようなあの恐怖感。やっと捕まえることのできた幸せもカエルも私が握りつぶして殺してしまっていたのだ。それならば遠くから眺めている方が安心する。しかしいざ自分に寄ってこられると不安になる。殺しちゃうかもしれないよ?いいの?だめでしょ?…急にふと消えたくなってしまう。後悔することがわかっていながら、自分を不幸にして後悔させたがる悪い自分がいる。腕を切ることをやめても精神的リストカットはまだ治らない。生きることに希望を抱くことができても社会的な障害がたくさんある。仕事やお金や役所の手続きや税金とか。そういうことをすべて諦めてるから一年間実家に暮らせてた。生きることに無関心でいられてたからセックスをやらなくても平気だった。まずいご飯を食べても何も思わなかった。でも希望って贅沢な悩みがたくさん生まれる。フカフカの布団で眠りたいとか、ちゃんとしたご飯を食べたいとか、喫茶店で美味しいコーヒーを飲みたいとか、どこどこへ行ってみたいとか、可愛い洋服を着たいとか、お花を家に飾りたいとか、いい部屋に暮らしたいとか。私は本当にどうしようもない生意気なクズだとそう思った。無関心になりたい。それでいて希望を持てたら生きるのも楽になる。私には難しい。今ここにいることすら苦になる。自分の居場所がどこにもないところへ消えていきたい。そこに希望は何もない。いきあたりばったりの生活もよし。知らない土地で殺されてもいいし、犯罪に巻き込まれてもいいし、売られてもいいし、責任が必要とされない世界で死を迎えたい。


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