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文章の勉強法について。(元国語の偏差値38の自分用に)

さて今日も何かを書く。
今日も自分用に思ったこと、考えたことを残しておこう。お題は「文章を勉強する」です。
自分は高校一年生の初めての模試で国語の偏差値が38だった者です。ですんで以下に綴ってある文章はとってもレベルが低いです。大目に見てね。






優れた文章を書けるようになるために必要な勉強は以下の3つになる。

1.種類問わず本を読む
2.とにかく文章を書く
3.できれば音読する

■1について。
結局文章力を上げるための方法に近道は無い。センスがあっても語彙力は必要。センスがなくてもある程度の語彙力と表現力とリズム感を身につければ誰でも小説家にもなれるし、小説家は無理でもラノベ作家にはなれるんじゃないかと思う。(私は圧倒的に語彙力が無いから無理)
できれば、小説だけに限らず学問系の本も読めるのが望ましいだろう。岩波文庫読みまくれば間違いないんじゃないですか。(私にはまだ岩波は堅い)
より質のいい文章を書けるようにするためには、究極、古文を読むことだと先日立ち読みしたものに書かれていた。とは言え長ったらしいものを読む必要はそんなに無い。『声に出して読みたい日本語』だけで事足りると思う。
古文はなかなか手を付けづらい人は、詩でも良いと思う。中原中也でどうぞ。

文庫 声に出して読みたい日本語 1 (草思社文庫)

文庫 声に出して読みたい日本語 1 (草思社文庫)

中原中也詩集 (新潮文庫)

中原中也詩集 (新潮文庫)

本を読むのは知識を吸収できるというメリットもある。学問系も読んで損はないというのはつまりそういうことだろう。別に論文調な堅苦しいなんか読まなくてもよくて、初心者にもわかりやすく書かれているような入門書でもよし。そっから気に入った分野・事柄をメモしておいて、さらに深掘りしていけば本を読む楽しさも身につけられる。良いことづくし!

とは言え読書が嫌い・苦手な人は少なくないだろう。
私も生涯で読んだ本は100冊も無い。下手したら50冊も無いかもしれない。本を買って(あるいは借りて)読むという習慣は今年に入ってからです。
読書が苦手な人に、読書を習慣づけるコツみたいなものをここに記しておく。

①月、最低一冊なんでもいいから読む
→本を読むのにまず時間がかかるのが一番の苦難だと思う。自分がそうだった。とりあえず本を読み切るという達成感や快感を覚えることが読書嫌いには必要。できれば漫画以外で。

②つまんない箇所は飛ばしてOK
→無理して退屈な文章を読む必要はなし。読書に慣れていくとだんだん「ここは読まなくても良い」「つまんないけど読んどいたほうがよさそう」という箇所を見つけられるようになってくる。自分が面白い、退屈しないところだけ読むが吉。

③本棚を完成させよう
→今の時代、Kindle派からは馬鹿にされるが、紙の本が本棚に敷き詰められていく快感はやはり素晴らしい。自惚れでもなんでも、人間何かをやり遂げるには多少のナルシシズムは必要だと私は思っています。
本棚に揃えられた背表紙の集合体は自分の脳みそみたいなもの。部屋に誰かをあげれば、その人はきっと本棚を観察するはず。「○○なんて読んでるんだ、いいね」なんて言われたら胸の中ではガッツポーズです。

以上。「そもそもどの本を読めばいいかわからない」という人は、好きな有名人のエッセイでも読めばいいと思います。下手に自己啓発本や哲学かじったビジネス書籍を読むとこじらせるだけなので、そうですね、特に喋りのプロである芸人やアナウンサーなどのエッセイを読むことを強くすすめます。

局アナ 安住紳一郎

局アナ 安住紳一郎


■2について。
言わずもがな。
Twitterで毎日140文字以内で日記を書くところから始めてもいいし、ブログを始めるでもよし。
書く内容は必ずしも同じでなくてもよし。日記に飽きたならば昔話でもいいし、昨日見た映画の感想や本の感想でもよし。
文章の書き方といった予備知識はまずは置いて、まず現状自分はどの程度の文章が書けるのかを知ることから始めることが重要かと。
そこから自分で赤ペンを入れる。
主語がわかりづらい、一文が長すぎる、句読点のリズムが悪い、本当にこの比喩表現で正しいのか、などなど。だめなところを徹底的に探ること。だめなところを分析したら、今度は修正を入れていく。自分の短所を意識しながら文章を書けるようになるはずだ。
バカが情報集めてもなんの役にも立たないので、仮説思考を徹底しましょう。実生活でも役に立ちます。

仮説思考:問題発見→分析→仮設を立てる→検証

とは言え、何より楽しむことが先だろう。

仮説思考 BCG流 問題発見・解決の発想法

仮説思考 BCG流 問題発見・解決の発想法


■3について。
これについては読書をする際、文章を書いた際両方に言えることがある。
まず、読書をする際、「目で読む」ではなく「音で読む」ことを優先すべきと考えている。
とにかく文章はリズムが命。目で追って読むなんて速読スキルはよほど年間100冊読むような強者意外はする必要なし。ハーバードの学生くらいだ、そんなのが必要なのは。
多少時間はかかってしまうが、頭のなかで良いので発音をすること。この方が情報量として文字に音(リズム)も加わるので確実だ。

文章を書いた際に音読が必要と感じたのは、安住紳一郎アナウンサーがエッセイで「職業柄、原稿はかならず音読してしまう癖がある」と綴っていたためである。
彼らアナウンサーも口から発している言葉たちにはそもそもはちゃんと元の原稿が存在している。それに修正を入れながら、自分なりに視聴者に届く言葉を発しているのだ。


<その他>
炎上や誤解を避けるためにあらゆる読者を想定するというのも必要になってきた。
これも安住アナのエッセイにあったのだが、彼がまだ新人アナウンサーの頃、「おいしすぎて死にそう!」という絶賛の仕方を食レポでしたらしい。彼はもちろんいい意味で「死」というワードを選んだつもりだったのだが、なんと余命を宣告された患者から手紙が届いたらしい。そこに書かれていた文章を読んで安住アナは青ざめ、どれだけの人がテレビを見ているのか想定できなかったことを反省した。
ベテランアナウンサーにもなると、何気ない挨拶でも「気分はどうですか、」などと一言気遣いを添えるらしい。その心遣いはwebで文章を書く人間にとっても強く求められてくるだろう。明日死ぬかもしれない人もテレビを見ていて、ネットをしているということを、常々頭に入れておかなければならない。


殴り書きになってしまったけどこんな感じ。
ここに書かれている中の半分は、最近読んだ何気ない本から得たものである。文章の書き方みたいな本を読むよりもおそらくずっと体に吸収されているはずだ。
とにかく、書くこと。読むこと。
ちなみに最近情報収集としてラジオを重宝しています。それはまたいつかの機会に。あーつかれた。


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