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生きる資格を得るために博愛主義者になれよ

日記

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自分が非常識な人間であることを再認識して、わかっていたつもりの日常や社会や人生に絶望していたたまれなくなった。
昨日、どうしようもないときに処方された頓服を飲んで、ワインを二口、それからタバコを3回吸って、それでもどうしようもなさが消えないので音楽を聴くことにした。
ピロウズは私の青春だった。

中学3年生から高校を卒業するまで、FLCLのアニメと一緒に過ごしてきた。
高校時代のことは思い出したくないことばかりで、必死に忘れようと考えない振りを続けた結果、本当に大部分を忘れてしまった。
おかげで中学時代のつらかった頃のことも、ろくに思い出せない。
思い出そうと思えば思い出せなくもない。記録として脳には残っている。ただ、それを記憶だと認識する覚悟が今もまだ無い。
なぜならそれを記憶だとみなしてしまえば、私の過去であることを認めなければならなくなる。

休み時間の教室で、じっと席も立たず寝ている振りをしているあの子や、
休職の時間、同じ班の人たちと一言も口を利かずもくもくと誰よりも早くに食べてどこかへ消えるあの子や、
部活がいやで先生に黙ってまっすぐ家に帰っていくあの子や、
帰り道、あの公園から夕焼けに向かって手を合わせて、「明日も平穏な一日が過ごせますように」と祈っていたあの子や、

あの子を私だと認めなければいけなくなる。
でもきっと認めてしまったほうが楽なんだろうなとも思う。
私の眼から、涙が自然と溢れてしまう。

高校のときの、誰よりも思い上がっていて、えらそうで、調子に乗って、友達を傷つけていたあのガキも、私だと認めなければいけなくなる。

思春期時代の私は思い出せば思い出すほど醜かった。
殺してやりたいくらい憎たらしい小娘だった。
そういう過去をいやでも思い出してしまうから、ピロウズを聞くのはつらい。

幸せになりたいと常々私は息を吐くように嘆いてきたが、なぜ自分が幸せだと感じることができない人生を送ってきているのかを改めて考える必要があるだろう。

恋愛について他人と語ることはここしばらくなかったけれど、こういう話をすると多少つらくとも大切なことなのかなと思った。
別にそれに答えがなくても、意味がなくても、人間がそれを放棄することができなかったということは"情"というものは人間を支える大切なエネルギー源なのかもしれない。


私が家でずっとPCか作業をしている間、人は人と関わり合い、交わり合って、喜んだり悲しんだり怒ったりするのだろう。
お金に代えられない情という、宝?財産?わからん。
孤独な私からは何も生まれない。行き場の無い感情が何らかの情報によって動かされるだけで、それは消化されることなく、ただからだの中にたまってゆく。
それを文章や絵にするから、過激な文体になったり過激な絵になったりする。お前らにそれが理解できるか?

つらいつらい、悲しい悲しい、むかつく、うらやましい、悔しい、憎い、死にたい、
それによって生かされるだけの人生
酒や安定剤を飲んでみっともない姿になる
泣きながら文に絵にすればちっとは評価される
幸せになったら人生が終わる
不幸でありつづければ心が終わる

せめてつらいぶん金だけは稼げるようにならなきゃ、生き損だぜ。

でも他人を嫌いにだけはならないよう、他人ファーストを心がけます。

すべての人間を愛するようにしなければ、私に生きる資格は無くなるからな。


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