海外旅行自慢とか買い物自慢する金持ちってつまんねえ人間なんだなあって。

親戚の話を母から聞かされる度にいつも思う。
おばさんの娘さんは都内にいくつもマンションを持っていて、育ちも家柄も良い旦那さんと結婚して、毎年家族で海外旅行に行くんだってさ。
池袋に家も買って、冷蔵庫の中は美味い飯でパンパンで。
毎月外国人を家に招いてホームパーティーなんだとよ。

それを聞いて私はとっさに、
「自慢じゃん」
と言った。母は、
「自慢じゃないわよ。事実をおばさんは言っているだけよ。」
と擁護した。

"事実"?事実じゃない自慢があったらそりゃただの虚言癖だろうが。
大体"事実"ってなんだ?
○○があった。○○をした。○○へ行った。○○を買った。
そんなことそこらへんの小学生だって言える日本語だぞ。うちは父を除いての低学歴一家だが、あんたら(親戚)はみんな大卒なんだろ?
せっかく大学出て、いい暮らしをしてるのに、じゃああんたらは都内にいくつももってるそのマンションの面白い話でもしてくれよ。
マンションを持ってるなんて知り合い他にいないから、なんか面白い話くらいあるだろ。
別に場所はどこにあって、何階建てで、エントランスがどうなってて、部屋はどうなってるかとか……家賃はいくらだとか…
海外旅行行ったんなら、写真見せるとか、その国の土地柄とか、民度とか、文化とか、料理とか、そういう話しろよ。

しないってことは、うちとの格差をただ味わって、
「あら、大変なのねぇそっちは…」
なんて心配したいだけなんだろ。

続けて母は擁護した。
「おばさんは努力してきたから、今の良い暮らしがあるのよ。」

じゃあ母は何も努力をしていないっていうの?そんなことないでしょ?
あなたは憧れの大学を蹴ってまで、自分が学びたいアラビア語を学ぶために専門学校へ通った。
22歳で海外に住んで英語とアラビア語を使って仕事をしていた。
父と出会って結婚するも、労働嫌いの父がどうしようもないので別居してしばらく女手一つで子どもたちを育てていた。
地方で暮らし始めてからも、父が株で失敗をしたり学費を一切出そうともしないため、母は自分の稼ぎで兄と私を学校に行かせてくれた。
私が東京で働いてて倒れたときだって、仕事を休んですぐに車で迎えに来てくれたし、
30超えても全然自立できてない兄のことも決して悪く言わないし、
でも自分を頑張ってると認めたら、「どうしてこんなに違うの」という問題になってしまう。
現状を認めるためには己の努力をも否定せざるを得ない。

前におばさんから食べ物が送られてきた時、箱を開けたらチーズケーキが入っていた。
面白いことに腐っていたんだよ。賞味期限なんてとっくに過ぎていた。
ムカつくからひとかじりしてやった。ゲロの味そのものでびっくりした。一日何も食べられなくなったのを覚えている。

もしかしたら食える物も他に送ってくれてたかもしれない。
それにもう70だから賞味期限のチェックなんていちいちしなかったのだろう。
さすがにあれを意図的だとは思っていない。そこまで性格ひん曲がってはいない。

ただ、ものすごくつまらない人たちだと感じているだけだ。

"事実"だったら人を嫌な気持ちにさせてもいいのか?
たとえばこれが、うちの家庭事情をほとんど知らない人から言われたとすれば、それは別に不快にも思わない。
でもこの親戚はうちの事情をよく知っていて、何度も何度も「大変ねえ」と言ってくるのを聞いてきた。

お笑い芸人だって、今後売れないかもしれない後輩芸人を連れて海外旅行連れてったりするくらいなのに、親戚って本当他人だよな。そのくせ、マウンティングだけは欠かせない。
別に親戚と旅行なんて行くくらいなら1人で自転車で散歩するけどな。
面白い話しろよ。学問の話でも、映画でも、小説でも、漫画でも、絵画でも。なんでも。


"事実"って何なんだ?
ずっと頭に引っかかっている。
「お金だけが人生じゃない」
そう言って無職の男性と結婚して疎遠になった友人がいる。
私はその言葉を最近になってようやく理解した。
永遠に好きな小説や小説家の話をしていたあの2人は確かに幸せなんだろうと思った。楽しいんだろうと思った。
私が今求めている暮らしはまさにそれだった。

金で買えるものなんて、所詮金よりも価値が無いんだよなあ。
お金よりも愛を選ぶ人のほうが幸せになれる世の中が理想だよ。


全然話変わってきた。
つまり、私はつまんねえ事実で母が落ち込んでいるのを見てむかついたのだ。
人を傷つけるような"事実"なら、そんなのクソッタレ!である。


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