生きてたまるか、死んでたまるか、

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 東京にはかっこいい建物がたくさんあって楽しいけれど、見慣れた街がどこか遠くのものに感じられた。私は拒まれているのだと察した。今日言われた言葉は、「編集者には向いていないと思う」だった。

 

どこ行っても聞いても「クリエイター(ようは何かしら作る人)になったほうがいい」と言われる。でも2年半近く、2年半近く今のライターの仕事を続けて私はちっとも上へ上がれていない。仕事が増えるわけでもない。

クリエイターっていうのは、それこそ個性と自我を強く求められるじゃないか。

私の頭は空っぽだ。心も空っぽだ。あるのは外から与えられた刺激のみ。誰かに影響され、何かに刺激されなければ、動くことも考えることもできやしない。私は他者から与えられたものによってのみ個を確立しているのだ。それは憎しみと悲しみと怒りと、そんな自分に希望を与えた様々な芸術たちであり……………………………

私は未だに自分の絵柄すら掴めていない。いいなと思った絵を見つけると自然とそれに影響されパクリみたいな絵になってしまう。だから武器が無い。それに私は未だに自分というものも無い。だから少しでも心を開くと人に騙される。洗脳もされる。だから横のつながりがないと新規で人には会わないようにしている。

そんな話は今どうでもいい。私が今ぶちまけたいのは胃酸にまみれたゲロだ。就職活動で随分と意識が高まっていたけれど、昨日急に目が覚めてずっと泣いていたよ。希望なんか無いとね。信じられるものは自分と、こんなゴミでも見捨てなかった母だけだ。

昔、とある女の子を予定の前日にドタキャンしたら、翌日その女の子の友人に長文メールで怒られた。その人とももともと繋がっていたけど、二人は古くからの仲らしかった。私は今までたくさんドタキャンも遅刻もされてきたから、自分のしたことが非常識だと気付けなかった。でも、私がドタキャンされてもこんなふうに私のことをドタキャンした人のことを起こってくれる人はいない。私はドタキャンされても仕方のない人間だからね。そんな話もどうだっていい…どうだっていいんだよ…

鬱の私は「生きてたまるか」と唸っている。躁の私は「死んでたまるか」と怒鳴り散らしている。希望はないと言う。希望はないがやらなきゃいけないことがある。それは何だろうか?人生で一度くらいは"普通"の暮らしをしたいんだよ。普通ってなんだろうね?それは社会の闇に縁のない生活だね。できれば広いキレイな部屋に住んでみたい。そうすることが今まで私に辛い思いをさせてきたゴミクズ共への復讐になるし、手を差し伸べてくれてきた大切な人たちへの恩返しにもなる。だから死ぬにはまだ早い…死んだら何もかも終わりだ……人生は短い…………私の身体さえ弱くなかったらよかったのに……


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