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「資本主義社会の闇」と「迫害される運命のバカたち」

思ったこと

政治的センスのない良心的な人々が、政治に口を出すことほど害なものはない。特にそれらの人が社会的名声を持っていたりすると…

これは、著者・塩野七生氏がエッセイ『サイレント・マイノリティ』(新潮文庫)にて綴った言葉である。
1956年、西欧のインテリたちがハンガリー動乱によって目を覚まし、共産主義に失望しその思想から離れていったことについて、塩野氏は嘆息を漏らしていた。

私は失望することの方が、オカシイと感じた。人間的な共産(社会)主義なんて、ありえようはずがないのである。スターリンの方が余程首尾一貫している。バカなのは、そういう社会が実現可能だと信じていた良心的なインテリたちである。私が真の共産主義者ならば、彼らのような人間は社会に害毒を及ぼす人種と断じ、粛正でも何でもして消してしまったであろう。政治的センスのない良心的な人々が、政治に口を出すことほど害なものはない。特にそれらの人が社会的名声を持っていたりすると…とソ連の支配者が思ったとしても、あの国の政体からすれば、当然ではないかと思う…

まあ、これは本を読んだわけじゃなくて、たまたまこちらのブログを見つけてフームと思ったのでちょっとネタにしてみた。
共産主義体制下の知識人 - トーキング・マイノリティ

共産主義のことやインテリ批判をしたいわけでもなんでもなくて、きっかけは
「なんか最近どんどんバカが生きづらい世の中になってない?」
と疑問に思ったからです。
もちろんバカの定義はちゃんとしないと話にならんですからね。
まずは色んな歴史の話からしてみます。

さて、いつの時代にも「バカ」はいます。
たとえば、上で述べた左翼インテリも、当時の人間たちにとってはバカ以外の何者でもなかったわけです。
中途半端に学があって、マルクスを読んでそれをすぐに賞賛して鵜呑みにし、バカみたいに運動をしまくったりして理想を実現するために色々なものを犠牲にしてきたわけです。
さすがに西欧の左翼運動事情はまったく知らないので語れませんが、革マル派だのなんだので昔日本でもあった学生運動も、左翼の学生たちがやったことです。

革マル派は、正式名称を「日本革命的共産主義者同盟革命的マルクス主義派」といい、昭和38年2月、中核派と分裂して組織されました。思想的には、マルクス、レーニン、トロツキーの革命理論を基礎としており、「帝国主義打倒、スターリン主義打倒」、いわゆる「反帝・反スタ」を掲げ、東西冷戦終えん後もプロレタリア世界革命及びその一環としての日本革命を目指している団体です。
革マル派とは 過激派集団 革マル派 見えてきたその正体(警察庁)

その中にも色々種類があって、自派の革命理論・戦術方針こそが唯一正しい『革命唯一党』というやつらがいて、他派は革命を妨げ混乱させる有害な勢力であるとみなし次々と暴力で叩き潰していったんですね。これがいわゆる『内ゲバ』というやつで、死者が出たのはこれによるものです。キリストにもプロテスタントカトリックなどの様々な教派があるのと同じ感じです。ガンダム連邦軍だってティターンズエゥーゴでわかれて戦争をしていましたよね。あんな感じでしょう。

極端な主義思想に染まると、必ずバカは迫害される運命だと考えています。
共産主義体制も実現されたところで、結局まず理想実現のために排除されるのは、共産主義の実現のために革命を起こしてきたインテリバカ共です。
かつて中国が文化大革命毛沢東の命令によって大虐殺が行われたと言われているやつです。
www.huffingtonpost.jp
この記事にある当時のポスター画像を見る限りは「どういう人間こそが理想的であるか」がよくわかります。

知識人・文化人を集中的に迫害したとはいえ、そもそも知識人・文化人って何よ?という話になるんですけれど、
結局定義は人それぞれなんですよね。おそらく、トップが「知識階級のやつらを殺せよ」と命令しても、それを実行する人にとっての知識階級の人間はトップが定義するそれとは違う。
別に学校通っていない人でも、メガネをかけていたらそれはもうインテリだと思われるかもしれない。
本を持っていたらインテリだと思われるかもしれない。
運動が不得意なだけでインテリだと思われるかもしれない。
文化大革命で、本当に知識人・文化人だけが大虐殺されたのか?」
と持ち出す人がいるのは、つまりこういう問題があったのではないかと思われます。

今の私達からすれば、バカはどう考えても一方的に殺した側の人間のはず。しかし、当時はそうでない人間がバカだと思われていたと考えてもおかしくはないでしょう。
共産主義・思想というたったひとつの真実を信じる者にとって、それを理解しようとしない・できない人間はバカでしかありません。そんな人間は国にとって必要がないので迫害して当然という考えに至ります。これはかつての時代のドイツにも同じことがいえます。


そして現在。
今は日本はなんですかね、資本主義ですか?
「産めよ、買えよ、そして経済をまわせよ」みたいな感じですかね。(政治とか興味なさすぎて無知ですみません)
まあお金こそが真実って感じですよね。私は生きててそういう風に感じています。
今の社会で我々一般人にうったえてる言葉って、「買い物こそが人生だ」だと思うんですよ。
そしてその土台にあるのが学歴や経歴です。それがないと結局良い企業に入るのは難しいからです。
この二つが合わさっていることで、中流階級の人がいなくなって、ますます上と下の両極端な格差が生まれているということを最近感じるようになりました。

というのも、たとえばビジネス書籍を思い出してみて下さい。あんなもん読書したことがないやつでも読めてしまいます。普通に生きてりゃ読む必要のないものも中にはある。とは言っても普通に生きててもわからない人だっているから読んでみるし、それはそれで勉強になること(っぽいだけですが)が書いてある。
・あれがわからない、これがつらい、なにをどうかしたい
・この本なんか読みやすそうだし買ってみるか
・なんか頭が良くなった気がする
これを永遠繰り返すだけで、いずれ問題が起きた時に自分の頭で考え解決しようとせず、先に本に頼ってしまう。これでは学習能力は上がらない。人工知能はまだ学習しますからね。

そしてそれが格差となんの関係あんのって話ですが、こういうビジネス書籍を作ってる人はぶっちゃけ頭良い人たちなんですよ。企画立てる人がいて、書く人がいて、それを編集する人がいて、校正する人がいて、デザイナーたちがいて……いわゆる激務な人たちなわけですよ。
さらに、本を出すからには今の時代売れなきゃ意味がない。でも中身が良ければ売れるわけじゃない。だから売れるセオリーを駆使する。
みんな似たようなタイトルじゃないですか。あれを見てこわくなりませんか?なんで日本の映画ポスターがダサいのか考えたことありますか?売れるセオリーに従ってるからああなってるだけなんですよ。
私は、道にお札があればすぐに食いつくと思ってるんだろうな…とぞっとするんですよ。広告って、要するに道端にあるお札じゃないですか。あれをつかむかつかまないかは、もちろんその人次第ですし。
要するに、バカを量産してバカから金を搾取している図なんですよ。
でもこれが悪いとか正しいとかという話にも一概にはできなくて、やはり根っこには金を稼がなければ生きていけないから…という問題があるからなんですよね。これが資本主義の闇なんじゃないのかと思うんです。

搾取する側になるか?搾取される側になるか?

当然、全者のほうが良いからみんな良い企業に入りたがるし、飲食店や工場を避けて就職活動をする。
そして、搾取される側のつらいところは、金を使わず貯金をしているとバカ呼ばわりされることです。
もちろんバカなんて直接呼んでる人はいません。だから「お金を使ってくださいね」と偉い人たちが言う。
しかし今、もはや彼らがバカと呼べないんですよ。だって、自分の人生考えて貯金をしている人をバカなんて呼べるはずがない。

だからバカがどんどん減ってきている。
そうすると、極度な弱者の存在が目立ち始める。貧困者、生活保護世帯、障害者。色々心当たりのある事件やニュースが今年だけでもいくつかあるんじゃありませんか?
(同性愛者はユニークさがあるおかげでかなり偏見は減った気がします)

障害者の社会進出は今後も積極的に増していきます。だって企業が雇わなきゃいけない人数が今後増えますからね。
私だっていわゆる弱者とカテゴライズされる側の人間です。だからこそ、賢くなって、力も付けて、社会に出ようとしている。
けれどもどう頑張ってもそれが不可能な人もいる。そういう人を今後、どうやって守らなければいけないのか?

「お前はこんなサルでもわかるようなことすらわかんねーのかよ」
なんて言いそうになっても、
「わからないなら一緒に考えてみようよ」
と手を差し伸べて生きなきゃいけないし、そういう人が今必要なんじゃないのかと思います。私はそういう人になりたい。




まだまだ勉強中の身なのでこわ~いマジレスはやめてネ


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