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自撮り女子をバカにできない理由

自分の顔を可愛くすること、というのは古くから存在する女の本能だと思う。
そして今このように携帯電話からスマートフォンへと進化し、カメラの性能もより上がり、また撮った写真を披露できる場も増えた。人間が扱うための道具が増えたということである。
大昔、人間が木の棒があったらそれを使って何かを叩いたり、わらがあればそれを使って家を建てたように、私たちはスマートフォンでインターネットやアプリケーションを上手に使い、カメラで風景や人物を撮る。
TwitterInstagramをしていれば一日に女の自撮り写真を見る回数はそこそこなものになる。
美人もブスも皆可愛くなりたいという気持ちは平等に持っており、あらゆるアプリを駆使して理想の顔を作り上げる。
「可愛い自分を見てもらいたい」
この欲求がそもそもなければ自分の顔を可愛くする意味は存在しなくなる。そしてタコ足式に根源を探れば、メスは必ずオスを求めているところに辿り着く。オス無しに子孫は残せない。この「可愛い自分を見てもらいたい」欲求の根源はやはり、女性本能にあるだろう。

自撮りをする女達。
近年多く目立つのは何故だろうか。そこには自由恋愛に原因があるだろう。
時代とともに恋愛もまた市場の一部と化した。自分を商品化し、それを異性が選ぶ。中には「いいね!」と投資をするものもいるだろう。「いいね!」の数が多ければ多いほど価値も上がる。そうすれば同じかそれ以上の価値をもった異性が寄る。

自分の求める異性が理想の基準を満たしていなければ独身のほうがマシだという価値観が一般的になっているわけだから、その基準を越すためならば努力を惜しまないのが当然でしょう。
別に出会い系サイトや恋活アプリ、街コンやお見合いパーティの中だけが恋愛市場というわけではない。出会いの場は人間がいるところに必ず存在する。存在するからにはそれを利用する他ない。

市場主義だと考えれば、せっかくのSNSやアプリを駆使して可愛くした自分の顔を晒さない(商品化しない)のは、生存戦略的に賢くはない。
実際自撮りを載せる女とそうでない女とでは、異性の寄り付き方も全く違うだろう。望まない相手も網の中に入ってしまう確率はもちろん高いかもしれないが、自由恋愛には選ぶ権利がある。

もちろん自撮りを載せる全ての女性が生存戦略として行動しているとは限らない。ただ半数以上の人は無意識的にそれに従っているだろう。
生き残るための本能、それが自撮りだ。



以上、高卒なりの思ったことです。

自撮りの教科書 (学校ではゼッタイ教えてくれない教科書シリーズ)

自撮りの教科書 (学校ではゼッタイ教えてくれない教科書シリーズ)


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